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Direct Listing(直接上場)
最終更新日:2021年05月17日

2021年5月13日の日本経済新聞の朝刊に『「直接上場」米で増加』という記事がありました。

新規上場=IPOと思っていたのですが、ダイレクトリスティング(直接上場)という方式で上場するという選択肢もあるそうです。これだけIPOにかかわっていながら、直接上場の存在を知りませんでした。

記事によると、ニューヨーク証券取引所(NYSE)では、ホームページ作成サービスを手掛けるスクエアスペースという会社がダイレクトリスティングを予定しているそうです。が、なんと、その企業価値100億ドル!!

記事を読んでいて、(いつになるのかよくわかりませんが、)上場の選択肢も広がるかもしれない気がしましたので、今日は直接上場の制度についてお話したいと思います。

IPOとは?

上場といえば直接上場よりも、IPOの方が一般的かとおもいますので、まずはIPOについてお話します。

IPOというのは、Initial Public Offeringの略です。

IPOでは、まだ上場していない会社が、株式を市場に上場することで、投資家から幅広く資金を集めます。

会社が株式を発行する場合には、会社は株式を買った投資家からお金をもらうことになります。

そのため、会社は、その資金調達の目的をきちんと説明して、投資家が株式を買うかどうかの判断をするために必要な情報を開示する必要があります。(余談ですが、会社の開示する会計に関する情報がきちんとしているかどうかの監査証明をするのが、監査法人や公認会計士です。)

その一方、未上場の会社では、創業者の株式持分割合が高い傾向にあります。

上場の際に株式をたくさん発行したことで株主が増えるとなると、相対的に創業者の議決権割合が低下します。会社の重要事項の決定は株主総会で行われることがあるため、創業者の議決権割合が著しく低下すると、創業者にとっては納得のいかない決定がされるおそれがあります。

また、創業者が株式を市場に売却すると、爆益が出るのが一般的です。上場までには大変な道のりを通ってきていますので、創業者がそこまでのご褒美を受け取るのは当然だと思います。ただ、その一方、市場に株式を売却することで、これまた創業者の議決権割合が低下します。

そのため、IPOの際には、新規発行株式の割合や創業者の売り出す株式の割合には特に注意します。証券取引所としては、売買してもらえないと困るので、どの程度の株式を流通させないといけないか、ということを上場審査基準に書いています。(今後予定されている東証の新市場再編で、ここら辺の基準はガラッと変わると思います。)

次に、非上場の株式を上場する場合、いくらで売られるの?という疑問がわきます。

一般的に、IPO銘柄はブックビルディング方式という方式で取引金額が決まります。

ザクっとお話しすると、証券会社が色々な調査をして仮条件●●円~●●円という価格を提示します。IPO銘柄を買いたい人は、希望価格を提示します。そして、証券会社が売り出す価格を決定します。

あと、ロックアップ条項に触れておきます。

大量に株式を保有している人が、一気に市場で売却した場合、株式の価格が大幅に下落する可能性があります。特に、IPO直後は株式の価格が高い傾向にありますので、そこで大量の株式が売られた場合、大変なことになる予感もしなくもありません。

そこで、ロックアップ条項というものを設定して、上場後の一定期間は株式を売れないこととします。ロックアップ条項の内容やその対象となる株主はケースバイケース(一般的にはいっぱい株式を持っている株主)で、ロックアップ期間についてもケースバイケース(一般的には上場後90日または180日)です。

ところが、ダイレクトリスティングはどうでしょうか。

日本経済新聞によると、

  • ダイレクトリスティングでは、
  • □証券会社の引き受け→なし(証券会社への手数料なし)
  • □公開価格→なし
  • □初値→取引所での売買で決まる
  • □ロックアップ条項→なし

なんということでしょう。全く意味がわかりません。

ダイレクトリスティングとは

ニューヨーク証券取引所(NYSE)のDirect Listingsのホームページを見てみました。

The NYSE helped to pioneer the first ever Direct Listing with Spotify in 2018 followed by Slack in 2019. In 2020, we welcomed Asana and Palantir via this innovation approach-on the very same day.

少なっ!そして、2018年からって意外に新しい…。と、最初は思いました。

日経新聞では、2021年のダイレクトリスティングが例年より増えそう(4社の見込み)なので、『「直接上場」米で増加』という見出しになっているようです。たった4社か~と最初は思いました。

ただ、調べていくと、この「4社」って、実は恐ろしいほど多い、ということがわかりました。しかもこんな感じで始まっている2021年です。アメリカの勢いがハリケーン並みということがよくわかりました。

ネットで「ダイレクトリスティング」を検索してみると、新株を発行せずに、既存の株主が既に発行されている株式を売り出すことができる上場の方式、という説明が一般的のようです。

既に発行している株式を市場に流通させるので、株主が売主から買主に変わるだけで、会社にお金は入ってこないということになります。既存株主(特に創業者)は自身の議決権の保有割合を気にしながら株式を市場に放出させることとなりますが、大量の新株を発行する必要がないので、IPOの時ほどの希薄化(議決権の保有割合の低下)を気にしなくてよくなります。

既存の株式を市場に放出することとなるので、ロックアップ条項がなく、既存株主は上場直後の株価が高い段階で株式を売却できるかもしれません。

また、最初の値決め(NYSEによると”reference price”呼ぶようです)は、証券会社を介さず、証券取引所と直接行うので、証券会社への手数料が不要となるそうです。

と、まぁ、こんな感じの説明なのですが、実は、NYSEのDirect Listingはもっと柔軟な制度になってきているようです。

NYSEのホームページを見てみましょう。

How does a direct Listing with a capital raise work?
(省略)…Until now, it was not possible to raise capital via Direct Listings.

ん!?ってなりません?新株の発行せずに上場するのがDirect Listingでは?と思いませんか?

続けましょう。

Now, we are adding the option for newly issued shares, either alongside existing shares or standalone, to be priced in an opening auction. The value of these newly issued shares represents the capital raised by the company. All of the newly issued shares sold by the company itself must be sold in the opening auction, at one price and at one time.

Awesome!! NYSEのDirect Listingでは、新規発行もいけるそうです。この制度がSECに承認されたのが2020年8月。ダイレクトリスティングがまだ広がっていない中で、いきなり選択の幅を広げています。アメリカの勢いを感じます。

市場で株式価格が決まるのであれば、株式が既発行株式なのか、新規発行株式なのか、という別はあまり関係がない、ということなのかもしれません。

「証券会社が介在しない」ということ

IPOでは、証券会社が上場前に仮条件を提示して、投資家の様子を見て公募価格を決定します。

上場したい会社としては、上場間近になってくると、この値決めが「幾らになるんだ?」という話でピリピリします。というのも、上場時の資金調達額が、公募価格×発行株式数で決まるからです。また、時価総額にも影響する可能性があるので、そこが割安になってしまうと買収されるリスクが高まるおそれもあります。

どうも、Bloombergを読んでいると、証券会社が介在して決める金額が、会社側(と既存株主)からすると、思っていた価格より低いことがある、ということのようです。転じて、証券会社のお客さんを儲けさせるために、わざと低くしているのではないか?ということもあるようです。

それだったら、誰も介さずに市場で価格を決定してほしい、というニーズがあることについては、理解できるような気がします。

最初から最後まで証券会社が関わらないかと聞かれると、それはおそらく違っていて、価格決定プロセスに証券会社を介さないというだけで、通常、他の方法でコンサルティングを受けるものと考えられます。

というのも、上場審査の過程はIPOとDirect Listingでほとんど変わらないと考えられるからです。(もしかしたら、全く一緒かもしれません。)実際アメリカでIPOした会社がDirect Listingも検討していたとか、Direct Listingしようとしていた会社がIPOに方向転換をした、という話もあり、その都度ニュースになっています。

また、Direct ListingはIPOと比べて、関わる証券会社の数が少ないようです。つまり、証券会社側からすると、IPOの場合よりも全体的な手数料が少なくなったとしても、コンサルティング料の分け前が多くなるというメリットがあるかもしれません。

というわけで、日本の金融市場でダイレクトリスティングをできる会社が出てこれば、証券会社の方針も色々違いが出てくるかもしれません。

どんな会社がDirect Listingするのか

ダイレクトリスティングをしたければ、どんな会社でも上場できるのでしょうか?

上場のためには証券取引所の上場審査基準をはじめとして、様々な条件を満たす必要があります。

ダイレクトリスティングの場合には、基本的に上場による資金調達があまり必要ない場合になるかと思います。また、通常のIPOで行こなわれるような、投資家との事前の価格決定プロセスがないと考えられるため、投資家に会社をアピールするための何か新しい方法を考える必要があるかもしれません。

そう考えると、既に世間に広く知られていて、上場審査基準を満たすだけの規模と株式の流動性を確保できるようなモンスター級の企業価値がある会社、ということになると思います。

NYSEにDirect Listingをした会社について、Bloombergの記事を見てみました。

2018年上場のSpotifyと2019年上場のSlackについては、記事のテンションがものすごく高く、記事の数もものすごく多いです。Direct Listingをすることについて、”unusual”とか”unique”といった文字が並んでいます。ニュースのムービーでもキャスターのテンション高め。

その一方で2020年上場のAsanaやPalantirについては、なんというか前の2社よりもメジャーな会社じゃなかったのか、他にも色々大変なことがあった時期のせいなのか、記事の数も少ないし、テンションもそんなに高くはないように見受けられます。前の2社の印象が強かったのか、”unusual”とか言われなくなっているようです。

各社見ていて一番面白いと思ったのがSlackです。Slackは、業務用のコミュニケーションプラットフォームを提供している会社です。プロジェクトに招待されれば、わざわざメール等で経緯を説明されなくても、オンライン上で自分が加入する前のプロジェクトの進捗を確認することができたり、進捗や分担を共有することができたり、チャットをしたり…というコミュニケーションツールを提供しています。

なんと、2018年8月の段階で企業価値が$7.1billionとみられていたものが、2019年6月の段階で$17billion。もはやbillionがなんなのかよくわからないくらいの急成長を遂げています。

しかも、IT企業によくありがちな、赤字の上場です。どのようなバリュエーションをしたのでしょうか。

Bloombergによると、上場当初、2020年度は$590millionの収益を見込んでいて、前期比50%増!そして、2021年度は$900millionの収益見込み!!そうなってくると、大体20倍くらいの収益見込みを前提にしてバリュエーションをしているんじゃないか、というお話のようです。millionとかbillionとかいう枠でここまで増えるのか!そりゃぁ報道も熱くもなります。

結局、2020年度は$630millionのRevenue($567millionの損失)、2021年度は$902millionのRevenue($292millionの損失)を計上。この在宅勤務が続いている状態にもかかわらず、他のITツールと比較して、どうもインパクトに欠けるという市場評価になったようで(特にMicrosoft Teamsの方が圧倒的に優勢)、2019年度では$23billionとされた企業価値が、2020年度の段階では17billionまで落ちたようです。

そして、何が起こったかというと、

Salesforce to Buy Software Maker Slack for $27.7 Billion

なんと、2020年12月1日、Salesforce.comが$27.7billionでSlackを買収することに合意。$10billionもプレミアムが乗っかってますが、それだけの価値があるということなのでしょうか。

今後が気になりますねー。Direct Listingについては、まだ、書ききれていない話もありますので、また機会があれば取り上げたいと思います。

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